人は運が10割
- 5月17日
- 読了時間: 3分
先日、本屋さんで見かけた本のタイトル。
面白いですよね。
養老孟司氏が、80歳の壁を越えた人たち(和田秀樹著)の中で、次のように語っていました。
「人間ってね、『自分が何かしたからこの成果が得られた』と思いたいのですよ。だけど、それがまずいんですね。もういい加減、そんな考え方はやめたらいいと思うんだけど。数年前に若い人の一番好きな諺が『棚からぼた餅』だった。それでいいんだよね。」
この言葉は、とても自然に自分の中へ入ってきました。
「本当にその通りだな」と、心から思いました。
ハーバード大学のMichael Sandel教授も、著書 「実力も運のうち 能力主義は正義か? 」の中で、「努力すれば成功できる」というメリトクラシー(能力主義)の思想について論じています。
この考え方は、成功した人の中に「傲慢」を生み、うまくいかなかった人の中には「自己責任」という屈辱や自己否定を生み出す、といいます。
「自分は努力したから手に入れることができた。あの人が手にしていないのは、努力が足りなかったからだ」
そんな発想です。
「努力こそが正義」
私たちは、子どもの頃から社会や大人たちにそう教えられてきました。
スポ根アニメが人気だった時代には、努力と根性こそが理想的な生き方として描かれていました。
そして、それこそが正しい在り方なのだと信じてきたのです。
しかし、努力は結果を保証するものではありません。
どれほど努力しても、
どんな人と出会うか
どんな時代に生まれるか
健康に恵まれるか
どのような家庭環境で育つか
偶然のチャンスをつかめるか
といった、自分ではどうにもできない要素が、結果を大きく左右します。
つまり、努力とは「結果を支配する力」ではなく、
「自分なりにやれることはやった」と納得するための行為なのだと思います。
そう考えると、結果が出ても驕る必要はありません。
「たまたま運にも恵まれた」
そう受け止めれば、自然と感謝の気持ちが湧いてきます。
逆に、うまくいかなかったとしても、必要以上に自分を責める必要はありません。
「今回は運が味方しなかった」
そう思えれば、心はずっと軽くなります。
人は運が10割。
そう思えたとき、
成功しても傲慢にならず、失敗しても自分を責めすぎず、ただ、今日ここにある偶然に感謝できるようになるのかもしれません。
私たち、もう少し肩の力を抜いてやっていきましょう~
これまでに読んだ「幸運」に関する本の中で、印象深かった2冊です。
運気を磨く(田坂広志)
その幸運は偶然ではないんです!(John D. Krumboltz)
いずれも、「運」はただ待つものではなく、ものの見方や行動によって育てていけるものだと教えてくれる、学びの多い作品です。
三浦半島、佐島漁港を望むカフェで読書


























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