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甘え下手

14 時間前
読了時間: 3分

25年ほど住んでいた家を手放すことに決め、売りに出している。

娘が一人暮らしを始めて、出ていったことがきっかけ。

一人で暮らしていくには広すぎるから。

当然、これから一人で暮らしていく家を買うか借りるかしていこうと思っていた。

居場所は、自分で作るのが当たり前、むしろ、そうしないと落ち着かないと思っていた。


ところが、当面借りる、と思っていた過ごしていた、親が持っている2つのマンションを行き来するうち、意外と快適に感じる自分がいることに気付いた。

親が普段使っていないマンションの方で過ごしたり、親戚の別荘で過ごしたり、キャリーバックを持ちながら、ジプシーのように居場所を変えている自分。

家があるから、と無駄に所有したものを思い切って捨てたり、人にあげたりして。

すっきり身軽になった自分が、最低限の荷物をもって、いろんな居場所を点々とすることが、意外と心地いい。


・自分のことは自分でする

・自立とはそういうもの

・大人とはそういうもの


そうやって、どこか突っ張って、踏ん張って生きてきた。

そう。以前、こんなことがあった。

友人におごってもらったり、何か買ってもらったりした時、必要以上に「ありがとう」と伝えたり、お返しをしようとする私に、「一緒に買う時間を過ごせて、自分も楽しかったんだから、いいんだよ。」とその人は言ってくれた。

「本当にいいの?」「私、何か返さなくていいの?」「あなたに負担をかけてない?」

と心が思っていた。

私は、相手の好意をそのまま好意として受け取るのが苦手なんだよね。

もっともっと小さい頃は、「ラッキー」とか「ありがたい」と思って素直に楽しめていたような気もする。


年齢を重ねてきたからなのか、仕事をちゃんとしてきたからか、それとも、少し肩の力が抜けてきたからなのか、これからは誰かの好意を心からの「ありがとう」と受け取って、そのまま楽しむことも覚えていきたい、と感じている。


自分の居場所は、自分で買わなくてもいいのかもしれない、誰かの場所で、誰かと過ごす時間も、ちゃんと私の居場所になるのだから。


「甘える」はまだまだ下手くそだと思うが、「受け取る」練習をしよう。

「受け取る」ことも、一つの自立なのかもしれない。

人とつながること、だから。


自分で生きていくことと、誰かの好意に甘えて生きていくこと、は真反対ではない気がする。

「所有すること」から「つながっていること」へ。

「自分で確保すること」から「好意を受け取ること」へ。


そうそう。

私が受け取った好意を、同じように誰かに渡すこともやっていきたい。✨感謝


9月初旬、軽井沢の叔母の別荘に連れて行った父(89歳)





 
 
 

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