人生を納得して生き切る【100万回生きたねこ】が教えてくれること
- 3月6日
- 読了時間: 2分
「100万年も死なないねこがいました。100万回も死んで、100万回も生きたのです」
そんな一節から始まる、佐野洋子さんの名作絵本『100万回生きたねこ』。
先日、NHKの『100分de名著』で紹介されているのを見て、久しぶりに本棚から引っ張り出して読み返してみました。
子供の頃の記憶では、「好きになるっていいな」という純粋な恋の物語。
けれど大人になった今、この物語は「自分の人生をどう納得して生き切るか」という、もっと根源的な問いを投げかけてくれました。
「誰のねこでもない」という尊厳
かつてのねこは、王様、船乗り、泥棒、おばあさん……と、常に「誰かのねこ」でした。
100万回繰り返される生まれ変わり(輪廻転生)は、いわば自分不在の人生。
しかしある時、ねこは初めて「誰のねこでもない、自分のねこ」になります。
この言葉に、私はハッとしました。
私たちは社会の中で、会社、家族、国家など、何かの役割(=誰かのもの)として生きがちです。
けれど、まずは自分が自分を大好きであること。
その自立した「尊厳」こそが、人生を支える土台なのだと教えられます。
白いねこが教えてくれた「生きること」の静寂
そんな誇り高いねこが心奪われたのが、一匹の白いねこでした。
彼女はねこの自慢話に媚びることもなく、ただ凛としてそこにいます。
誰にも迎合せず、忖度もしない。
その気高い生き方に、ねこは魅了されます。
いつしかねこは、自分を誇示することをやめました。
そして、 自分よりも、白いねこや子ねこたちを大切に思う。
「自分を愛する」という土台の上に、「自分以上に大切な存在」が重なったとき、人生は初めて充実感、納得感を得るのだと感じさせられました。
納得して「生き切る」ということ
物語の最後、白いねこの死を見届けたねこは、100万回泣いて、自分も静かに息を引き取ります。
そして、二度と生き返ることはありませんでした。
最終ページの挿絵には、空、山、植物、そして人々の営みが優しいタッチで描かれています。
この絵は、特別な何者かになることではなく、ごく普通の自然な営みの中で「愛し、愛され、納得して死ぬ」ことの豊かさを象徴しているように感じます。
「誰のねこ」でもなく生き、最愛の存在を見つけた。
そんな「やり切った」という実感が、100万回のループに終止符を打たせるのでしょう。
あらためて、絵本をじっくり読み返す時間は、心の洗濯になりますね。
また数年後、自分のタイミングでページをめくれば、きっとまた違う言葉が私に語りかけてくれることと思います。


























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