お札、折っていますか?
- Admin
- 1 日前
- 読了時間: 2分
最近は、現金を使う機会が減りましたよね。
暮らしをシンプルにしたいという一環で、昨年小さい財布に変えたんです。
お札は折らざるを得ず、折って財布に入れていたのですが。
お財布から出す際、四つ折りされたお札を伸ばすんですよね。
人に渡すときにも、目の前で伸ばす。
これがどうもしっくりしないというか、申し訳ない気持ちになるというか。
何に対して?
お金は大事なもの、という価値観や習慣は、昔から教えられてきたこと。
日本人にとって「お金」は昔から少し特別で、あいまいな存在だった。
神道の考え方では、この世の多くの物は
清らかな状態(ハレ)と、
日常や疲れた溜まった状態(ケ)
を行き来するとされている。
お金はたくさんの人の手を渡り、欲や不安、喜びや悲しみといった様々な感情をまといながら巡っていくため、古くからお金は「穢れやすいもの」と考えられてきた。
一方、お金は命をつなぎ、暮らしを支え、人と人を結ぶ力も持っている。そのために、粗末にするものではなく、節目ごとに清めて使うべきもの、「清めるべきもの」ともされてきた。
たとえば、新札をお祝い事に使う習慣。
お年玉やご祝儀では、折り目のない、きれいなお札が好まれる。
これは、単なる見た目の問題ではなく、「相手への敬意」や「気持ちをまっすぐに渡したい」という象徴的な意味合いがあると言われている。
また、お札を丁寧にそろえると金運が上がる、向きを揃えて入れるといい、などの話も耳にしたことがある。
科学的根拠があるかどうかはさておき、そこには、共通した感覚がある。
それは、お金を雑に扱うと心まで雑になるという、日本人らしい美意識だ。
それかな、私の感じるどこか「申し訳なさ」は。
しかし。
昔のお金は今よりずっと生活に密着していた。
小銭を紐で束ね、懐に入れ、折れや汚れとともに人の手に渡っていったもの。
本来、お金は使われてこそ意味がある。
きれいに保管されるためだけの存在ではなかったはず。
そう考えると、お札を折って小さな財布に収める行為は、お金を粗末にしているというより、「今の暮らしに合わせている」だけなのかもしれない。。
私たちが大事にしてきたのは、お金そのものではなく、お金を通して表れる心の在り方。かな。
「お金を通して自分の心を整える」ことが大事にされたのだろう。
日本人の美意識は、今の私の体のどこかに残っているということ。
そして、結局。
折らないで済む財布に変えました、わたし。
北海道 塘路湖 家具工房北欧舎 cafe





























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